やまだしげき(演出・出演)× ぽっぽ(美術制作監督) interview!!

公開制作中の「やまだしげき舞踊休憩所♪」の現場におじゃましてきました。この舞踊休憩所は、8月31日(木)夜に開催されるやまだしげきさんのソロ公演「Shigeki Yamada Solo Dance “kyun kyun” vol.3 @ Nagoya」の舞台美術となる予定。演出・出演のやまだしげきさん(以下、し)と、美術制作監督のぽっぽさん(以下、ぽ)のおふたりにお話をおうかがいしました。


ーどういった経緯で今回の作品を作ることになったのでしょうか?

し:今回、浅井信好さん(舞踏家。会場となる黄金BLDG.のオーナーでもある)からお話をいただいて、レジデンス(住み込みで作品を作る)扱いでやらせてもらう、ということになって。どうしようかな、と考えた時に、自分ができること、楽しめることで、このビルにとってもメリットがあることをやりたいな、と思ったんです。

ーおふたりが一緒に製作することになったきっかけは?

し:アイデアを思いついて、自分1人では作れないので、美術制作のリーダーが必要だな、と思いました。最初は、プロの内装屋さんか、プロの舞台美術さんに依頼しようかな、と思ったんですが、その両方に関わりのあるぽっぽさんにお願いすることにしたら、これが本当にバッチリで。設計図も工程表も一切作らず、僕と、ぽっぽさんと、出会った廃材と、そこに来てくれた人たちとの即興的なジャムセッションのように作り上げています。

ぽ:即興的に作っていることによって、いろんなミラクルもあって(笑)。例えば、床部分なんかは、材を見つけた時に「24枚なければ諦めて他のモノにしましょう」なんて話してたらちょうど24枚ぴったりあったり。部屋の中はしげさんの畑の土を全面に敷き詰めようとしていたのだけど、しげさんが「畳が欲しいなあ」って言いはじめて。時間がないんで、じゃあ畳がちょうど手に入るような奇跡でも起きたら畳にしましょうって話しながら昼食に出かけたら偶然その店の隣が畳屋で。「古くていらない畳でもあったらもらえませんか〜?」ってダメモトで聞いてみたら、「ちょうどお寺さんから出たキレイなのならあるけど…」なんて展開したり。『お寺から』ってのがまたなんだかシンクロしてて。というのも、部屋の中心のベッドの部分は、製作3日目くらいから、帰る前に手を合わせて拝むような「お参り」エリアになっていたので。お参りをする対象も、どこかの誰かが作った神様か何かじゃなくて、僕たちの中から「感謝する存在」としての対象、というような何かが生まれているような気がします。

ーおふたりとも「即興」ということをおっしゃっていますが、なぜ「即興」なのでしょうか。

ぽ:最初にしげさんと出会ったのが、即興パフォーマンスのイベントだったから、というのもあるかもしれません。その時はしげさんが身体表現、僕がギターでセッションしました。即興の面白いところは、とにかくその場で向こうからくるものをどんどん受け入れていかざるを得ないということの連続で、思い通りにいかないこともあれば、自分が思っているものが相手から出てくることもあったり、お互いに「あ、これだ!」と感じあえる瞬間が生まれたり、というところでしょうか。

し:僕自身が初めて即興に出会ったのは、20代前半、ブレイクダンスバトルでのことでした。ただ、即興といっても、その中には「暗黙の了解」みたいなものがあるんだな、ということもわかって。その後、コンテンポラリーダンスの即興に出会って、最初すごく自由に見えたんですよ。声を出したりとか、ダンスと関係ないことをするとか。それも慣れてくると、やはりそこにも何かしら「暗黙の了解」みたいなものがあるということに気づいたんです。本当はしばりがあってはいけないと思うんですが、結局その「暗黙の了解」からはみ出していないように見えてきて。そこで、日常の行為の全てを即興ダンスだと思ってみることにしたんです。例えば、喫茶店に入ったときに、まずどこに座るか、というのは「ポジショニング」ですよね。それから、何を注文するかとか、相手の話のどこに相槌を打つかとか、そういったことすべてが即興ダンス、ということ。現実世界をサーフィンしているように、即興というものが、「ダンス」から「人生そのもの」になってきている、というのが今回のプロジェクトにつながっているんだと思います。そしてさらに、それがうまく今回の即興パフォーマンスにつながっていったら面白いな、と思っています。


(やまだしげきさん)

ー目指している方向性のようなものがありますか?

し:ギリギリ野暮じゃない、というところ。祭りなんかにみられる土着的な部分を残しつつも、ちょっと品のある感じ。あと、「リアリティ」というところにもこだわりたいな、と。黒澤明さんが、生活感やリアリティを出すために、ものすごく細かいところまでこだわったというエピソードがありますよね。そういうのに似ているのかな。本番前には実際に住み始めてみようと思っています。

ぽ:品のある感じってのがあんまりわかってないんですが(笑)、「廃材」を使うけど「廃墟」ではないって感じでしょうか。そもそもしげさんがそこに住みたい、というところから始まっているし、『舞踊休憩所』なのでお客さんが来るということを想定しながら作ると、自然とそういう感じになるのかな。あとは、目指している方向性といっていいのかどうかわかりませんが、「夏休みの自由工作」みたいなワクワクした状態で毎日作業しています。


(ぽっぽさん)

ぽ:「ブリコラージュ」(ありあわせの道具材料を用いて自分の手でものを作る)という言葉がありますが、なんとなくそれを意識しながら作っているというところはありますね。この作品は「ブリコラージュ」です、と言ってしまうと、そこまでのつもりはないんですけど。取り外した蛍光灯の傘で作ったオブジェがあるんですが、これなんかもまさに偶然の産物で。集まった廃材をとりあえず適当に並べてみたときに、この蛍光灯の傘の後ろにちょうど翼の形のような廃材があって、もうそこからそれが神様にしか見えなくなってきて(笑)。その用途の定まっていない廃材を集めていた場所というのが二段ベッドの下の部分で、そこが最終的に神棚のような場所になってしまったのも、なんだか日本神話の流し捨てられたヒルコの話のようで象徴的で面白いなぁと思っています。

ー舞台美術としてのコンセプト、というようなものはありますか?

ぽ:先日、能楽師の安田登さんの講演を拝聴したのですが、「あわい」という言葉を説明されていたのが印象的で。例えば、日本の家だと「縁側」や「のき」の部分がそれにあたる、ということ。AとBのアイダではなく、AとBが重なり合う部分のことで、内でもあり外でもあり、とても曖昧な部分である、というようなお話。それと、「外・中・内」という分け方のお話。外側は「ソト=他所」、内側は「ウチ=身内」、そのアワイが「ナカ=仲間」、という、ナカとウチを分ける概念を話されたことが頭に残っていて。ちょうど製作前にお聞きしたのもあって「外・中・内」を織り込みたいなと。
「外=誰もが行き来するところ」「中=縁側のアワイ」「内=身内と過ごすところ」、そして「しげさんの寝床・神棚=パーソナルで神聖なところ」と。

し:僕が面白いなと思うのは、今回作ったセットが、舞台の中だけで終わってしまうのではなく、公演が終わった後も「やまだしげき舞踊休憩所」としてその場所に存続していく、ということ。今、ちょうどここ(舞台美術であるしげさんのお部屋の本棚)に「演出家ピスカートアの仕事」という本がありますが、僕こういうのに興味があるんだと思います。本の帯に「現実世界に介入する演劇」って書いてありますが、この人は、政治運動的なものを舞台に持ち込んだ人で。別に、僕自身が政治運動を舞台に持ち込みたいって考えているわけではないんですけど、そういうことに興味があるから、寺山修司さんが作ったものを再演した万有引力の公演に出演してみたりしてるのかな、と。

ー作品を通して伝えたいことは何ですか?

し:即興的に、直感的に、自分になるべく正直に生きてみると、そこには思いもよらぬギフトが用意されているのかもしれなくて。そして、人っていうのは、むしろそういう偶然のように映る自然現象のような現実にこそ満たされる事ができるのではないか?
という、提案。

つまり、僕らは本来、会社等の組織とか、国の制度とかという人工的なシステムに依存してしまうのではなく、それをうまく利用して、自分らしく在ることができるんじゃないか、っていうこと。だから、システムやルールよりも、感情や直感を優先して生きてみよう!という、現実そのものに対する反骨精神みたいなものに共鳴してもらえるような舞台を創りたい。

し:僕にとって、作品に対して「これが何なのか」というのは、正直どうでもいいんです。とにかく ”面白い” ことをやりたい。ダンスやアートをやっているような同業者の人たちはもちろん、そうじゃない人たちにも見てもらって、とりあえず楽しんでもらえたらいいと思ってます。あとは、自分がやってて楽しくないと。「大人が本気で遊ぶとこうなる」っていうのを見せたい、というところもあるかな。